「光学異性体(L体・D体)」
前回のコラムでは、アミノ酸の構造や栄養学的特徴から、いくつかの分類がなされていることをお伝えしました。今回の分類方法は④「光学異性体」、L体とD体についてお伝えいたします。
アミノ酸の分類④―光学異性体
炭素原子は他の原子や原子団と結合する”手”を4本持っています。その炭素原子が持つ4つの結合手に、それぞれ異なる原子や原子団が結合しているような炭素のことは「不斉炭素」と呼ばれます。不斉というのは英語で “asymmetry(アシメトリー)”、「対称でない」ということを意味しています。
対称ではない炭素、とはどういうことなのでしょうか。
それは不斉炭素に結合する原子や原子団の配置によって、鏡写しの関係にあって互いに重ね合わすことのできない立体構造を持つ、一対2種類の異性体が生じるからです。互いに重ね合わすことが出来ない=対称ではない、ということです。
不斉炭素を持つ化合物に存在する、この2種類の異性体のことを光学異性体(鏡像異性体、エナンチオマー)と呼んでいます。光学異性体とはちょうど右手と左手のように、互いに鏡像の関係にあるが、決して立体的に重ね合わせることができない異性体のことです。
タンパク質を構成する20種類のアミノ酸のうち、グリシンを除く19種類のアミノ酸のα炭素には、4種類の異なる原子(原子団)が結合しています。そのため、アミノ酸にも2種類の光学異性体が存在しており、L体、D体と呼ばれる2通りの立体構造が存在します。
L体、D体のアミノ酸は光の偏光面を回転させる旋光性が異なっており、偏光面を左に回転させるもの(左旋性:levorotation)はL体、右に回転させるもの(右旋性:dextrorotation)はD体と呼ばれています。L体、D体のアミノ酸はこの光の偏光面を回転させる旋光性を除き、物理的性質も化学的性質も全く同じです。
このアミノ酸の光学異性体の代表的な表記方法を、アラニン(Ala)を例に挙げて下表に示しました。
|
L体(またはL型) | D体(またはD型) |
---|---|---|
アラニン Alanine Ala |
L-アラニン L型アラニン L体アラニン L-Alanine L-Ala |
D-アラニン D型アラニン D体アラニン D-Alanine D-Ala |
立体構造がその鏡像と重ね合わすことができない性質のことはキラリティー (chirality) と呼ばれ、地球上の生体アミノ酸のように、片方の異性体だけが偏って存在している状態はホモキラリティー (homochirality) と呼ばれています。
先に述べましたように、生体のタンパク質はアミノ酸がペプチド結合した物質ですが、地球上の生物を構成するアミノ酸は、そのほとんどがL体であることが知られています。そのため、生体内ではL体のアミノ酸のみが存在し、D体のアミノ酸はごく限られた生物にしか存在しないと考えられてきました。
しかしながら、最近の研究によって、D体のアミノ酸が遊離型、組織型を問わず生体内に存在すること、様々な生理機能を持つこと、その関連酵素が生体内に広く存在することが明らかとなってきました。「L体、D体のアミノ酸は旋光性を除き、物理的化学的性質は全く同じ」と記述いたしましたが、同じアミノ酸でも、L体とD体ではその味が異なることもわかっています。
「なぜ、D体ではなくL体のアミノ酸を用いてタンパク質が、生物が構築されたのか」、アミノ酸のホモキラリティの理由についてはまだ多くの謎が残されています。
2022年6月、日本の探査機「はやぶさ2」が小惑星リュウグウから持ち帰った石や砂から、アミノ酸が23種類見つかったことが発表されました。23種類の中にはグルタミン酸やアスパラギン酸、バリンやロイシンなど、生物のタンパク質合成に必要なアミノ酸が含まれていました。本コラム執筆時点(2022年6月)では、これらのアミノ酸がD体なのかL体なのかはまだ明らかにされていませんが、この研究が、アミノ酸のホモキラリティ、ひいてはアミノ酸の起源、生物の起源についての謎を解く、大きな手掛かりとなることは間違いないでしょう。
今回はアミノ酸の分類の一つ、光学異性体のL体、D体についてご紹介いたしました。 次回は、最後に取り上げましたアミノ酸光学異性体のうち、弊社事業の中心であるD体のアミノ酸について、さらに深く掘り下げてお伝えいたします。