遊離型/組織型 アミノ酸 ①

前回のコラム「じつはそこにいたD-アミノ酸」では、一般的に細菌のペプチドグリカン構造中にD-アラニン(D-Ala)やD-グルタミン酸(D-Glu)などのD-アミノ酸が含まれることをご紹介いたしました。

D-アミノ酸研究が進むにつれ、哺乳類を含む真核生物においても、D-アミノ酸が遊離型(アミノ酸単体)、組織型(ペプチドやタンパク質の一部としてのアミノ酸)を問わず、様々な生体内の、様々な組織に存在することが確認され、その生理機能についても徐々に明らかとなってきています。

今回は、生体内の遊離型D-アミノ酸についてご紹介いたします。

遊離型のD-アミノ酸では、D-アスパラギン酸(D-Asp)が多くの生物から検出されています。哺乳類だけでなく、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、軟体動物、節足動物などの生物種において、主に脳、神経系、生殖系で検出され、様々な生理機能への関与が示唆されています。

D-セリン(D-Ser)もマウスや人など哺乳類の脳組織から検出されています。D-Serは記憶や学習等に関与するN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)型グルタミン酸受容体の機能に関与しており、哺乳類以外の動物種脳のD-Ser濃度は高くないことからも、哺乳類の脳機能の調節に重要な役割を果たしていると考えられています。

遊離型D-Serは、昆虫のカイコ(蚕)体内にも存在し、幼虫が蛹へと変態する際に一時的にD-Ser濃度が高まることから、D-Ser濃度とカイコ変態との関連性も指摘されていました。

最近になり、哺乳類に最も近い無脊椎動物であるホヤにおいても、D-Serが幼体から成体への変態に必要であることが明らかにされました。尾部を持ち遊泳するホヤの幼生から固着生活を送る成体に近い幼若体へと変態する際に、長い尾部を体内に吸収する必要があるのですが、その尾部を吸収するスペースを形成するのにD-Serが関わっているのです。

蚕とほやがD-Serにより幼体から成体への変態するイラスト

カニ、エビなどの甲殻類やシジミ、ハマグリなどの二枚貝などでは、遊離のD-Alaが多量に存在しています。生息環境の塩濃度が上がるにつれてD-Ala量が増加することから、浸透圧調整物質(オスモライト)の一つとして役割を果たしていることが知られています。

私たちヒトの体内にも、遊離型のD-アミノ酸が様々な組織に存在することも明らかとなっています。先にも述べましたように、D-Aspは脳、網膜、神経系、生殖系で、D-Serは脳組織で検出されています。また、皮膚からL-アミノ酸と共にD-アミノ酸が検出されており、真皮と表皮にはD-Asp、D-Glu、D-Ala、D-Ser、D-プロリン(D-Pro)が、角層にはD-Asp、D-Glu、D-Ala、D-Ser、が見いだされました。

私たちヒトの体内にも、遊離型のD-アミノ酸が様々な組織に存在する


なぜその組織にD-アミノ酸が存在するのか、その生化学的機能についても解明されつつあり、食品、美容、医療などの分野で応用されている例もあります。

今回は遊離型D-アミノ酸についてお伝えいたしました。

次回はタンパク質やペプチドを構成している組織型のD-アミノ酸についてご紹介いたします。

参考・引用文献

  1. 阿部宏喜: 生化学, 80, 308-315 (2008).
  2. 川徹: Bio Industry, 27, 13-20 (2010).
  3. Krasovec G., Hozumi A., Yoshida T., Obita T., Hamada M., Shiraishi A., Satake H., Horie T., Mori H. and Sasakura Y.: Sci Adv., 8, eabn3264 (2022).
  4. 芦田豊, 東條洋介, 島田正一郎, 岡村智恵子, 三田真史, 浜瀬健司: Bio Industry, 28, 40-44 (2011).

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