遊離型/組織型 アミノ酸 ②

遊離型/組織型 アミノ酸②

前回「遊離型/組織型のD-アミノ酸」①では、生体内で確認された遊離型のD-アミノ酸についてご紹介いたしました。

今回は生体のペプチドやタンパク質の一部として存在する、組織型のD-アミノ酸についてご紹介いたします。

動物の神経系や内分泌系で、恒常性や行動の調節にかかわる神経ペプチドやペプチドホルモンにおいて、一部のアミノ酸残基がD体となっていることがよく知られており、軟体動物や節足動物、脊椎動物など多様な動物種から見つかっています。これらのペプチドは、L体のアミノ酸からなる前駆体が生合成された後、酵素(イソメラーゼ)の作用による翻訳後修飾の過程で、特定のアミノ酸残基がD体のアミノ酸へと変換されることもわかっています。

D-アミノ酸残基が存在することで、ペプチドとしての機能が高まる例の一つにクモ毒ペプチドAgatoxin(アガトキシン)があります。このペプチドは48残基のアミノ酸からなり、N末端から46番目はセリン(Ser)残基です。

このSer残基が翻訳後修飾を受けて、L体からD体へと変換されることにより、本ペプチドの立体構造が変化します。その結果、プロテアーゼに対する耐性が上がることによってペプチドの安定性が高まり、さらに毒性はL体のみの時よりも数十倍も上昇することが明らかとなっています。

クモ毒ペプチド OMEGA-AGATOXIN IVBのアミノ酸配列と三次元立体構造

植物からもD-アミノ酸が検出されています。かぼちゃ、トマト、キュウリ、玉ねぎ、キャベツ、アボカド、バナナ、リンゴなど、数十種類の野菜・果物において、D-Asp、D-Glu、D-Ser、D-Ala、D-メチオニン(D-Met)、D-ロイシン(D-Leu)、D-チロシン(D-Tyr)など、様々なD-アミノ酸が含まれていることが調べられています。カボチャ、玉ねぎ、リンゴにおいては部位(根、実、皮など)によって含まれているD-アミノ酸の種類や量が異なることも明らかとなっており、動物だけでなく、植物においてもD-アミノ酸が重要な生理機能を持つことが期待されます。

野菜や果物といった生の食品以外では、発酵食品にD-アミノ酸が豊富に含まれていることも、多くに研究者によって調べられています。醤油、味噌、酢といった調味料、チーズやヨーグルト、漬物等の発酵食品、日本酒、ビール、ワインなどのアルコール飲料がその例で、発酵食品にD-アミノ酸が豊富な理由として乳酸菌などの微生物の働きとその関連酵素が報告されています。

Dアミノ酸が多く含まれる発酵食品

ヒトにおける組織型D-アミノ酸では、種々の老化組織内でD-アスパラギン酸(D-Asp)が加齢に伴って増加することがわかっています。これは長期間にわたる加齢の過程で、L-アミノ酸残基がD体化することでタンパク質の立体構造に変化が起き、正常な生理活性機能が保たれなくなると同時に、分解系の酵素も反応しないために蓄積されていくと考えられています。

Aspは、アミノ酸の中で最もラセミ化(光学異性体の一方の分子が、もう片方の異性体分子へと変換されること)されやすいため、紫外線や活性酸素などの影響によってもタンパク質中のAsp残基がD体化すると考えられています。これらD-アミノ酸の蓄積が加齢性の疾病に関与しているとの報告もあり、白内障、加齢性黄斑変性、アルツハイマー病、動脈硬化、皮膚硬化等と関連することが明らかになってきました。

紫外線や活性酸素などの影響によってもタンパク質中のAsp残基がD体化する

このように、様々な生物種の様々な組織にD-アミノ酸が存在していることが明らかとなってきましたが、これらの研究が進んだ背景には、D-アミノ酸の分析技術の進歩やD-アミノ酸関連酵素の研究が大きく関与ししています。

今回は、ヒトを含めて生体内に存在する組織型のD-アミノ酸についてお伝えしました。

D-アミノ酸の各組織における生化学的機能や食品・美容・医療などの分野での応用、D-アミノ酸分析技術や関連酵素のさらに詳しい内容については、また後日のコラムで、順次お伝えする予定にしております。

参考・引用文献

  1. Emilie Pringos, Michel Vignes, Jean Martinez and Valerie Rolland: Toxins3, 17-42 (2011).
  2. Kuwada M., Teramoto T., Kumagaye K.Y., Nakajima K., Watanabe T., Kawai T., Kawakami Y., Niidome T., Sawada K., Nishizawa Y. and Katayama K.: Mol. Pharmacol., 46, 587–593 (1994).
  3.  郷上佳孝, 伊藤克佳, 老川典夫: Trace Nutrients Research, 23, 1-4 (2006).
  4. 藤井紀子, 加治優一: 生化学, 80, 287-293 (2008).
  5. 宮本哲也, 本間浩:化学と生物, 56, 18-25 (2018).

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